LIVE AT NICKS / CHET BAKER 今回から始まった新シリーズ「今日の一枚」。要はディスク・レヴューのことで、そのままのネーミングで申し訳ない。ジャンルにこだわらず、個人的な愛聴盤を紹介する企画で、第一段がチェット・ベイカーの1978年のライブ盤だ。
死ぬ10年前のライブ。ライブ当時47歳の筈だが、ジャケット写真の風貌はどう見ても70歳。そのただならぬ老け込み様に、なにはともあれ圧倒される。このアルバムは私が二十歳過ぎの頃に、新宿の「Disk union」でたまたま購入したものだ。特別チェットのファンという訳ではなかったが、妙にジャケットに惹かれた。当時は割と新人ミュージシャンの登用が多かったCriss Cross Jazzレーベルにあって、チェットというのもちょっと違和感があった。
「こんなに老けたんか・・」というのが率直な印象だ。ウエスト・コーストのヒーローが、何故か天本英世(死神博士です)になっとる。トランペットのワンホーン・カルテットの編成だし、ま、いいか程度の感覚で購入した。これがまさかチェット・ベイカー・コレクトの序章になろうとは、想像もしていなかった。
レコードでは全4曲。冒頭、いきなりテンポ300ぐらいでアーヴィング・バーリンの「The best things for you is me」を演る。テーマの最初の一音に参った。丸く柔らかいその音は、まるでフリューゲルホーン。決してやりやすい曲とは思えないのに、このテンポで次から次へと紡ぎ出すフレーズは、どれもメロディックで美しい。オアシスに辿り着いた砂漠の旅人のような喜びに満ち溢れた演奏に、思わず背筋が震えた。
さらに「This is always」では究極のスキャットを聴かせる。このスキャット、トランペットと区別がつかん(笑)イントネーションまでトランペットと同じだ。晩年のチェットは基本的に好不調の波が激しく、不調時のスキャットなど唖然とするようなピッチで歌うケースもあるが、このライブでは非常に丁寧。おそらく、ベストのコンディションであろう。よほど快調だったとみえて、CD化された際に新たに追加された「I remember you」では、これも300近いようなテンポでスキャットをかましている。普通舌が回らない。さすがになんぼなんでもだな。
晩年多かったこの編成での、ベストに近い調子のアルバムを、幸か不幸かいちばん最初に買ってしまったのだ。確かに、晩年はひどいアルバムもあるが、好調な時は実に素晴らしい。とにかく、この一枚で私のチェット熱は一気に加速してしまった。