「なんぼ」に新メンバーが加入しました

バンド「なんぼなんでも」
06 /30 2007
「なんぼ」に異変があったのは今週の水曜日のことだった。たまたま休みだったのでスタジオで練習していると、一人の女性が「なんぼ」を訪ねて来られた。いつもの被害妄想で苦情の類かと思いきや、実はヴォーカル志望の方だったのだ。「とりあえずこれを聴いて検討してみて下さい」と練習中に録音したCDを手渡された。ちょうどヴォーカリストを探していた矢先の出来事で、絶妙なシンクロだった。CDを手渡すと、女性は風のように去って行った。ま、幻か?


 恐る恐るCDのパッケージを開いてみた。何とCDの中心部に穴が開いてるではないか。って当然そうなんだけど、訳もなく一瞬どきっとした。今まで多くのバンドをやってきたが、デモCDを持って来られた方には初めてお会いした。で、早速聴いてみる。


 聴いてびっくりだ。市販のCDかと思った。多分、アン・サリーの新譜と言われても納得していただろう。上手いし、雰囲気がある。声の雰囲気はアン・サリー、いやテディ・キング(知る人ぞ知る)のような感じで、ジャズにも合うしボサノバにも、何でも合いそう。英語もしっかり発音されていて、ビブラートの掛け方も嫌味がなく自然で、ちょっとこんな人聴いたことがない。市音を聴いて来られたそうだ。市音、出て良かった~


 翌日の練習に参加してもらって、凄い感を新たにした次第。スキャットもばっちりで、稀にみる逸材の参加に「なんぼ」一同沸き返ったのは言うまでもない。ドラムの飯田恭之は「飲みニケイションせんと」と早速盛り上がっていた(笑)最近では紅一点のしみずりえは「友達になろう」とマンゴーの実を手渡していた・・広瀬謙一はここぞとばかりHなサックスをブロウし、そのバックで田中啓三が謎のコードをどーんと叩いた。


 そんな訳で「なんぼ」に新メンバーが加わった。一年間頑張ってきた甲斐もあってようやく最近、バンドを取り巻く環境が上向きになってきた。一方で音楽的な問題も少なからずあるのだが、一年を総括する意味でも、ここら辺りで第二章の計画を立てたいものだ。飯田恭之の好きな飲みニケイションでもしながら。

新メンバーは近日中にもお披露目できればと思っていますのでご期待を。情報は随時「なんぼHP」でもUPします。
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境港妖怪ジャズフェスティバルの打ち上げ話

ジャズ
06 /29 2007
 妖怪ジャズフェスティバルのシーズンが近くなってきた。個人的に毎回見物に行っているのだけど、裏事情はさておき、一度の大勢のミュージシャンを聴けてお得感があるのは確かだ。ここ二年はどさくさに紛れて打ち上げに参加していて、舞台裏のミュージシャンを見るのもまた面白い。当たり前のことだけど、やはりそれぞれの立場とかキャラがあるんだなと思ってしまう。


 何だかんだ言ってヒノテルは音楽に真面目。いきなり「歯をインプラントするといいよ」と言われても困るが、練習方法などを訊くと、とたんに口調がシリアスになる。「僕は相手のやる気に応じたアドバイスしかしない」「こんな所に来る暇があったら練習しなよ」など、星一徹も真っ青状態だ。無論、その程度の科白にひるむ訳にもいかない。ここで何か自分の音楽にプラスになることを引き出してこそ来た甲斐があるというもの。「とにかく楽器を構うこと」みたいな精神論からマウスピースの当て方まで一通り訊いた後、こっちも酔った勢いで「一日十時間練習して出直す」などと宣言してみた。そんなことできる訳ないだろう。


 意外と寡黙だったのがTOKU。喫煙者だったのも意外だったが、本当に寡黙な雰囲気なんで、質問するのはちょっとためらわれた。一方、多田誠司は元銀行マンの履歴でも分かるように多弁で陽気な雰囲気だ。丸坊主が最近のトレードマークのようで、こんな銀行マンが家を訪ねて来たら、即110番だろう。どう見ても高利貸しの方が似合っている。


 女性陣はケイコ・リーと寺井尚子。この二人はまったく対照的なキャラである。ケイコ・リーはいかにもミュージシャン然とした、わが道をいくタイプ。宴会の席がまったく似合わない。それにしても全国ケイコ・リー・ファンクラブ山陰支部のようなものがあるとは驚きだ。十数人のファンに囲まれて談笑していた姿が印象的で、どうやら少人数の中に居た方が本人もリラックスできるみたい。それに対して寺井尚子は華やかな席向けのキャラを存分に発揮。明らかにジャズ・ファンではない物見遊山的飲み客にもサービスを忘れないマメさが凄い。だから嫌でも周りに人が集まってくる。このタイプは演奏疲れよりも気疲れするタイプなのではないか。


 しかし何よりも凄かったのが渡辺裕之のリポビタンDだ。ジャズ界は案外とジャズ歴の長さによる上下関係が厳しいようで、いきなり「あれやれ」とそそのかされ、生「ファイト一発」とやってくれたのにはびびった。CMそっくり、というか本物な訳で、さすがに本物がやると凄い。何だか本当にファイトが沸いてきそうな気がした。

「なんぼ」中海TV出演します

バンド「なんぼなんでも」
06 /28 2007
 選挙間近で世間は何かとざわついているけど、「なんぼ」もこのところ実はざわついている。というのも、中海TVに出演することになったからだ。7月8日(日)に収録して頂けるみたいです。8月か9月に放送予定とのことで、詳細が決まったら随時ブログにUPします。7日は成田屋ライブもあるので、とりあえず音楽に全力投球という感じになりそう。他にもセンセーショナルな出来事があったのだけど、それはまたおいおい書きます。ここにきて何だか流れに乗ってきたような、そんな雰囲気もあって、一堂気を引き締めて音楽やろうと思っている次第であります。


 全然関係のない話だけど、大山ペンション村入口にある「香古庵」が復活した。何年か前に「癒し、安らぎ、和み」をコンセプトとした和モダンの宿としてオープンしながら、突如として閉館。狐につままれたような印象だったが、今年4月からいきなり復活。さっそく偵察も兼ねて喫茶室に珈琲を飲みに行ってきた。


 木々に囲まれたコンクリートの打ちっ放しの建物の中に入ると、その瞬間に鼻腔をかすめる木の香り。左手には決して広いとは言えないホールがあり、右手が喫茶室となっている。こちらも決して広いとは言えないが、自動ピアノの調べが流れる中、森の緑を眺めながら珈琲を飲む感じは悪くない。木の香りとあいまって非常に落ち着いた雰囲気が館内には漂っている。ほかに客も無く、結構な穴場であると見た。ちなみに宿泊部屋にはそれぞれ露天風呂が付いていて、離れのような部屋もあり、なかなか寛げそう。機会があったら一度は泊まってみたいな。皆様も何かの機会があったら珈琲でも飲みに立ち寄られてみるといいかも知れない。


 「なんぼHP」7月予定UPしました。

6月ミラージュライブをもう一度振り返ってみる

バンド「なんぼなんでも」
06 /25 2007
 前回のブログではいささか大人気ないことを書いてしまってちょっと反省している。ミュージシャンの方々からコメントが寄せられたところをみると、演奏―お客様-会場の関係は、やはり切実なもんなんだなと痛感する。演奏と会場の仕掛けがあってお客様は満足する、結果的に会場側も演奏者側も満足するというのが黄金のトライアングルであろう。大切なのは会場側と演奏者側が同じ方向を向いてるのかということだが・・・って文句はやめます。反省したばかりだし(笑)。


 で、肝心な演奏の方はどうだったんだという話。できたてのCDを聴いてみたところ、う~ん、改めて聴くと随分とまずい点ばかりが目立つ。お客様の一人が「どんなに上手い人の演奏でも二曲で大抵飽きる」と言われていたけど、我々の場合はなおさら仕掛けを施さないとな、と思う。楽しいステージ、来て良かったと思われるようなステージ。それがどういうものなのかについてもう少しバンド内で考えてみないといけない。例えば同じテンポの曲が続くとか、アドリブが長過ぎるとか、一考を要する点がたくさんある。(「わりとJAZZyな日々」参照)


 余談だけどミートホープの社長っていかにも悪人面で納得。個人的には肉の加工品って、ど~も信用できない。くず肉をつなぎ合わせたミートボールを開発して、それを自分の娘が嬉しそうに食べる姿を見て、思わず会社を辞め懺悔の暴露本を書いた人もいるぐらいだ。食品業界の中でも不透明の誉れ高いのが食肉関連の業界と聞く。肉に注射器で水ないしは脂肪を注入することぐらい日常茶飯だろう。私的には「従業員がこ~んなに少ないのに、よくこの値段で長時間営業できるなー」みたいな店はちょっと怖い。どことは言わないけど。しかしミートホープで圧巻だったのが「鳥インフルで暴落した肉を買占め、牛肉と偽って販売」というくだり。「注射器注入」の遥か上を行く暴挙に唖然とした。なりふり構わんとはこのことだ。「食べる」ということは人間の尊厳に関わる部分なだけに、余計に寒々とした感じを抱いてしまう。気の毒なのは、いきなり解雇された従業員だ。それを分かっていながら内部告発した人がいるという事実も凄まじいけど、金に狂った経営者の犠牲になるのは、いつも善良な人たちという図式が何ともやり切れない。。。



 前回に続いてで恐縮だけど、なんぼHPで新企画「レコメンCD」始めました。なんぼのメンバーが好きなCDを紹介する企画で、紹介者も一人ではないため、好みが偏らないでいいような気がします。日々更新ということにはなりませんが、たまに立ち寄ってみてください。

半音進行の快感

ジャズ
06 /22 2007
 チェット・ベイカーは生前、普通ジャズマンがあまりやらないような曲も主要レパートリーに採り入れてていた。例えばブラジルのピアニストのリッキー・パントージャの「アーバウエイ」や、「リーヴィング」など。マイナーだけど凄くいい曲なので私も自分のレパートリーとして演奏している。しかーし。共演者には難しいと不評だ(笑)


 明日ミラージュでも演奏する予定の「アーバウエイ」は、前半のコード進行を書くとEbMaj7→EbMja7→Ebm7→Ebm7→AMaja7→AMaj7→Am7→Am7→GMaj7→GMaj7→Cm7→Cm7→AbMaj7→AbMaj7→Dbm7→B7というもの。ジャズを演奏する人ならこのコード進行だけでどんな雰囲気の曲か分かると思う。そう、非常に美しいボサノバ・ナンバーなのだ。多分「やりにくい」と思われる理由はⅡm7→Ⅴ7→Ⅰ進行がないからだろう。


 作曲したのがブラジルのミュージシャンということもあって、こういうコード進行の肝は、半音進行をいかにメロディックに展開するかにある。Ⅱm7→Ⅴ7→ⅠのⅤ7の裏コードに当たるⅡb7のモーションと基本的には同じ。それだけに、フレーズを知らなくても、同じ音型で三度と七度を半音下げるだけで、それなりにサマになってしまうので、むしろやりやすいといえばやりやすい。というか、Ⅱm7→Ⅴ7→Ⅰ進行自体に半音進行は含まれている訳で、考え方としてはあまり違わない。


 こうした半音進行の気持ち良さがボサノバの心地良さでもあるんだけど、個人的には五度進行よりもこっちの方が好きだ。五度進行は頭ではきちんと収まる感じがするが、半音進行はもっと生理的な快感を刺激する響きがある。と思いませんか?「ジャスト・フレンンズ」も最初の四小節の響きがそんな感じで好きです。


 そんな訳で明日はミラージュ・ライブ。遠いところではありますが、ご都合が宜しければ是非ご来場下さい。

ジャズが世界を広げるという世界観

ジャズ
06 /19 2007
 前回に引き続いてまたしても結婚式ネタで非常に心苦しいのではあるけれど、私たちが二次会の会場として選んだのは、今は無き朝日町の「いまづ屋」であった。なんでここにしたのかというと、私たちが出会った場所だったから、という理由と、まぁ二次会とセッションは切り離せないだろうという二つの理由からだ。


「いまづ屋」で妻と出会ったのはホントに偶然だった。何故ならば当時私は三ヶ月に一度行くか行かないかの状態だったし、妻の方に至っては、初めてだったという。これを新聞風に書くとこうなる。


××年×月×日午後八時ごろ、米子市朝日町のジャズ・バーで、米子市内の会社員の男性(36)と同市内の女性(23)が出会った。
××署によると、男性は「久しぶりにセッションをやりたかった」と供述し、女性は「初めてジャズバーをのぞいてみたかった」と供述しているという。二人はこれまで面識はなかったという。
同署で話しかけた経緯などについて詳しく調べている。


まぁそんなことはどうでもいいか(笑)


二次会は、私の東京時代、あるいは地元で知り合ったジャズ友達も入り乱れて、大セッション大会となった。こうしたセッションは数年に一回ぐらい開いてもいいような気がする。私はこのときばかりはいちおう主役だったので、好き勝手させてもらった。掟破りの「チェット・ベイカー・スキャット」を大勢の人の前で披露するという破廉恥極まりない行為ができたのも、ひとえに寛容な皆様のお陰です(><)


よく考えてみると、これまで自分を取り巻く世界は、多くの場合ジャズによって広がってきたような気がする。ジャズを通して知り合った友達、旅先でのセッションを通してコミュニケートする人たちなどなど。多分、そんな広がりを経験したから、今でも飽きもせず楽器をやってるんじゃないかと思う。なかなか一筋縄ではいかないジャズ演奏だが、そういう思いを音楽にできたら最高だ。

今までにいちばん感動した音楽について

バンド「なんぼなんでも」
06 /18 2007
 のっけから変な話なんだけど、今まででいちばん感動した音楽は何ですか?

 私は即答できる(笑)それは昨年、私達の結婚式でやってくれた「なんぼ」の音楽である(笑)事前に知らされてなかったこともあって余計にインパクトがあった。しかも、この日のために秘密練習していたという、感動の裏話付きで。


 まぁ、現場の雰囲気を差し引いてみても凄い音楽だった。凄いというより、美しい音楽。当たり前なんだけど、音楽って小手先のテクニックじゃないなぁ。いや、テクニックがないと言ってる訳ではないので念のため。後で怒らんでくれい。


 「コンビニ弁当と化した」だの、はたまた「トイレットペーパー並み」だのと言われる昨今の音楽事情の中で、音楽力を改めて痛感した日だった。だいたい生演奏を聴いて涙が溢れ出たのは初めての経験で、自分でも焦った。何が良かったのかって、「その場の空気の一瞬を、これほど大切に扱っていた音の塊」はお目に掛かったことがなかったのだ。いやー「なんぼ」、もしかすると凄いかも(笑)



 ちなみに私の方からのスピーチ役はピアニスト・田中啓三だった訳だが、彼のピアノ演奏とまったく同じ語り口でびっくりした。演奏って性格が出るんですね~一言で言えば「凄く言いたいことがたくさんあって、そのことを心底伝えたいがために、一つ残らず放出したい気持ちが凄くよく分かる」みたいな感じ(一言じゃないか)。でも形式的に巧いスピーチより全然伝わってきた。「出せん音なのに出そうとして、息だけが音をカスる」リー・モーガンみたいだった。こういうのは結構格好いい。


 「上手くなりてい」―いつもそう思って練習してるんだけど、やはり原点を見直すのも大切だな。原点というのは、要するに「夏のまだ明るい夕方に、ひぐらしの鳴き声を聞きながら飲むビールがメチャクチャうまい」ということを思い出すというようなことだ。


 余談だが、4月にお伺いさせてもらった兄貴の知人の方の「結婚20周年パーティー」が、あまりにも良かったので、私たちもささやかな1周年パーティーでもしたいなーとよく話している今日この頃です。

ジャズコンボの難しさと楽しさ

バンド「なんぼなんでも」
06 /16 2007
 昨日はライブ一週間前の練習だったが、あいにくピアノとベースが不在で、こうなるとちょっと困ったことになる。週一の練習といっても各自仕事持ち&家庭持ちな訳で、必ずしも参加できるとは限らない。それは仕方のないことである。


 ジャズの練習の場合、曲のテーマ→アドリブ→曲のテーマという風に一曲ずつ進行していくのが普通だと思うけど、アドリブは基本的には個人練習の世界。じゃあバンドで集まって練習する意味は何なのかといえば、曲のテーマをキメる部分だろう。もちろん「互いのリズム感に慣れる」などの意義もないことはない。ただそこは漠然とした要素であって、ジャズ自体漠然とした部分が問われる音楽なだけに、系統立ったバンド練習というものが難しい音楽ではある。


 これが譜面を前提とした音楽であれば、譜面に対する指針のようなものがおのずと生まれてくるんだろう。コンボジャズの場合、「さっきのコードが変」とか、わりとその場の感覚で修正したりするものだから、曲によっては管だけのアンサンブル練習だけ、というのは成り立ちにくい世界だ。テーマを淡々と流して終わりがちである。ただ、そうした練習も地道に続けて、とりあえず「なんぼ」最大の弱点といわれる「キメごとに弱い」点を少しでも解消したい。


 そもそもコンボジャズを志向する人間は「わが道を行く」タイプが多い。ビッグバンドも経験したことあるけど、良くも悪くも人種が違うのでは?と思ってしまう。だから人数が少ないとはいえコンボをまとめるのは非常~に大変なことなのだ。「なんぼ」がまとまっているのは、それぞれのキャラが奇跡的なバランスを保っているからだろう。もちろん音楽的に同じ方向を向いているのも大きな要因だ。これが違った方向を向いていたら「わが道を行く」人種は本当に「わが道を行く」ことになる。


 ジャズはアドリブという共通言語を持つが故に、ジャム・セッションも容易に成り立つ音楽。逆に、バンドの音楽がジャム・セッションになってはバンドとしての意味がないんじゃないかと、コンボの人間は一度はこの問題に直面する。「わが道を行く」人間が集まってどんな音楽を作るのか。大変なことではあるけれど、同時にやり甲斐もあるような気がする。


 米子市キャリー・リーでのライブが8月上旬ごろに決まりそうです。また決まったら日時をUPしますのでよろしくお願いします。。

「ミラージュ」ライブに向けて

バンド「なんぼなんでも」
06 /14 2007
 市音が終わった、と思ったのも束の間、「ミラージュ」の定例ライブが一週間後に迫ってきた。月一定例をやっている時はいつもそうなんだけど、一ヶ月が経つのはホントに早い。


実は私、「ミラージュ」のオープン当時、境港市に職場があったこともあって、立ち上げには深くかかわってきた。オープン前の会議にも何度か出席してアイデアを出したり、地元ミュージシャンに声掛けをしたりしてたが、あろうことかオープン後三ヶ月で米子に異動。以来、超多忙な勤務内容になってしまい、深くかかわることは不可能となった。月一の出演が限界で、それすらもままならないこともある。


志半ばにして、という気もしないではないが、そこはやはりジャズマン。段取りをしたりするよりも演奏だけする方が性に合っているのが分かった。


「ミラージュ」は元々環日本海交流なんたらという展示室だったところ。韓国の民族衣装やモンゴルの住居パオなどが展示されていた。もちろん、そんなの展示したって誰も見に来るはずない。それならばということで、ライブハウスとしてリニューアルした訳だが、限られた予算の中で、或る空間をライブハウス化すること自体、極めて困難な話である。


タワーの関係者の方々も、ライブの日は残業で大変だと思う。ただ、県西部でジャズのライブをする場所としては今や貴重な存在でもある。紆余曲折はあったが、存続を願っている。


「なんぼ」も今日はライブに向けて練習。市音をミスった分、メンバーもリベンジに燃えている。


 「なんぼ」HPに新リンクメニュー「JAZZyな日々」を追加しました。このBLOGと同様、なんぼのメンバーによるBLOGです。

成田屋

ジャズ
06 /13 2007
「ミラージュ」と共にしばしば出演させて頂いている境港市の「成田屋」についてちょっと紹介してみたい。


 まず店の名前の由来だが、マスターが「成田さん」なので「成田屋」。まんまです・・・


 場所は国道431号を境港市方面に向かって行くと、左手に牛丼屋「すきや」があって、その手前です。ライブ案内する時に「すきや」を目印にと説明するけど、よく考えれば「すきや」に気付いた時には既に通り過ぎている訳で、転回不能な道路ゆえ、ちょっと面倒なことになる。「すきや」の駐車場に入ってしまった方が賢明かも知れない。


 「成田屋」は、レストランになる前はラジコンを中心とした模型店だったそうだ。マスターの趣味が高じてかどうかは分からないが、とにかく模型店だった。で、今は音楽系レストラン。あらゆるジャンルの地元ミュージシャンがライブを繰り広げている。マスター自身もテナー・サックス奏者で、フラジオ(超高音域)を出したいがためにテナーを始められたという。


 とにかくアメリカン・テイスト溢れる店内。それもそのはず、マスターは大のアメリカ好きで、何しろアメリカまでラジコン飛行機を飛ばしに行ってきたというから半端ではない。二人のアメリカ人が微笑んでいる写真があって「おおつ」と眺めていたら、そのうちの一人がマスターだった、という逸話が残るぐらい、テンガロン・ハットがよく似合う。まるでテンガロン・ハットに顔が生えているような感じだ。


 「なんぼ」のメンバーはマスターのアメリカンなジョークとフラジオが好きで、「ミラージュ」がはねた後などによく寄って打ち上げをさせてもらっている。いやーそれにしても趣味を貫く生き方というのは、男なら誰もが憧れる理想的な生き方ですな。われわれにとってはかけがえのない場所の一つだ。


「成田屋」でのライブの様子http://www4.plala.or.jp/nanbonandemo/sub4.html

プレイバック市音

バンド「なんぼなんでも」
06 /12 2007
 9日の市音で演奏した曲は3曲。三拍子、8ビート、4ビートとカラーの異なる曲を並べてみました。


 「When we were free」はギター奏者パット・メセニーの曲で、問題のEマイナー・キー。トランペット及びテナー・サックスではF#マイナーとなるので非常にやりにくい。そもそもギター奏者の曲って開放弦を活かす特性からEとかAのキーが多い。なもんで、ブルース・ギター奏者などとセッションすると「じゃあEメジャーで」とか普通に言われるので焦る。練習にはなるんだけど、あたしゃ出来まへん(困)この曲、前半はブルージーな雰囲気で淡々と進み、後半にメジャー・コードで山場を作る感じ。テーマをリードする広瀬謙一がエロチックに謳い上げる。

 そう言えば演奏後、会場に居たバンド・メンバーの奥様が「広瀬さんってエッチでしょう」とずばり指摘していたそうだ。その通りなんだけど、「これに勝る賛辞はない」と一同羨望のまなざしを向けたことは言うまでもない。


 2曲目は「セレンゲッティ・ウォーク」。ピアニストで作・編曲家として知られるデイヴ・グルーシンのオリジナル。この曲はピアノの田中啓三が持ってきた。「セレンゲッティ高原」というのがイギリスかどこかにあるそうで、その高原を歩くようなイメージで演奏した。行ったことないけど。

 8ビート一発の間に4ビートでコードが流れる部分がありというのがミソな曲。なんぼではサックス陣をフィーチュアーする曲でもある。聴きどころは、広瀬謙一×岡雄一の狂演、もとい競演で、この二人のサックスに賭ける怨念のようなものを感じ取って頂けたら幸いである。


 最後に演奏した曲はチャーリー・パーカーの「コンファメーション」。ピアノ・ソロの後、4バースと言って4小節ずつ順番に掛け合いをするはずが、4人いると途中で誰の順番だか分からなくなってしまう。練習当初から危惧されていたが、案の定、岡雄一と私が同時に吹くなどのハプニングが発生。それ以前に、しみずりえが涼しい顔をしてサビ前でソロを終えたのにも焦った。次は岡雄一の番かと思って呆けていたら、何とこの曲では岡雄一はソロを取らない取り決めになっていたではないか。文字通り冷や汗もんである。


 いやしかし、あれだけ不調に終わったお陰(?)で、逆にやる気が出てきた。手が届きそうになると再び遠くなるジャズ道の奥の深さに、いつもながら驚く。生涯探究ですな。

 「なんぼ」のメンバー一同、皆様の声援に励まされて頑張っています。聴きにきてもらうお客さまに感謝。何よりも、それに応えたいというのが僕達の正直な気持ちです。

市音が終わった~

バンド「なんぼなんでも」
06 /10 2007
 いや~終わりました、市音。ご来場頂いた皆様にはたいへん申し訳なかったのですが「JAZZyな日々」にもあるように、スベりました(汗)個人的には近年の中でも最悪の出来。妙な緊張感と疲労で息が上がり、まさに音が出ない状態。もう緊張はしないだろうと思ってたけど、ひどく緊張して自滅しました。おまけに打ち上げでは、あろうことかビール4杯で撃沈。二次会ではひたすら寝てました。情け無や。


 確かに、この借りは次のミラージュで返さねば。やっぱり練習しないといけませんね。仕事はほどほどに、これからは練習。僕の場合、ジャズが上手くいかないと全部が上手く回らなくなってくるんですよね。23日は必ずリベンジします。ご都合がよろしければ境港夢みなとタワーまで足を運んでやって下さい。

今日の一枚(2007.6.8) Live at Nicks/Chet Baker

今日の一枚(JAZZ編)
06 /08 2007
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 LIVE AT NICKS / CHET BAKER


 今回から始まった新シリーズ「今日の一枚」。要はディスク・レヴューのことで、そのままのネーミングで申し訳ない。ジャンルにこだわらず、個人的な愛聴盤を紹介する企画で、第一段がチェット・ベイカーの1978年のライブ盤だ。


 死ぬ10年前のライブ。ライブ当時47歳の筈だが、ジャケット写真の風貌はどう見ても70歳。そのただならぬ老け込み様に、なにはともあれ圧倒される。このアルバムは私が二十歳過ぎの頃に、新宿の「Disk union」でたまたま購入したものだ。特別チェットのファンという訳ではなかったが、妙にジャケットに惹かれた。当時は割と新人ミュージシャンの登用が多かったCriss Cross Jazzレーベルにあって、チェットというのもちょっと違和感があった。


 「こんなに老けたんか・・」というのが率直な印象だ。ウエスト・コーストのヒーローが、何故か天本英世(死神博士です)になっとる。トランペットのワンホーン・カルテットの編成だし、ま、いいか程度の感覚で購入した。これがまさかチェット・ベイカー・コレクトの序章になろうとは、想像もしていなかった。


 レコードでは全4曲。冒頭、いきなりテンポ300ぐらいでアーヴィング・バーリンの「The best things for you is me」を演る。テーマの最初の一音に参った。丸く柔らかいその音は、まるでフリューゲルホーン。決してやりやすい曲とは思えないのに、このテンポで次から次へと紡ぎ出すフレーズは、どれもメロディックで美しい。オアシスに辿り着いた砂漠の旅人のような喜びに満ち溢れた演奏に、思わず背筋が震えた。


 さらに「This is always」では究極のスキャットを聴かせる。このスキャット、トランペットと区別がつかん(笑)イントネーションまでトランペットと同じだ。晩年のチェットは基本的に好不調の波が激しく、不調時のスキャットなど唖然とするようなピッチで歌うケースもあるが、このライブでは非常に丁寧。おそらく、ベストのコンディションであろう。よほど快調だったとみえて、CD化された際に新たに追加された「I remember you」では、これも300近いようなテンポでスキャットをかましている。普通舌が回らない。さすがになんぼなんでもだな。


 晩年多かったこの編成での、ベストに近い調子のアルバムを、幸か不幸かいちばん最初に買ってしまったのだ。確かに、晩年はひどいアルバムもあるが、好調な時は実に素晴らしい。とにかく、この一枚で私のチェット熱は一気に加速してしまった。

私の愛用カメラたち

バンド「なんぼなんでも」
06 /06 2007
α‐9&α‐7デジタル


 現在所有している一眼レフがこれ。旧ミノルタα-9(右)とコニカミノルタα‐7デジタルの2台。仕事ではもっぱらα‐7デジを使っている。


 1998年末発売のα‐9は、旧ミノルタが老舗の意地で開発した銀塩の名機。αシリーズになってから同社では、9のナンバーを冠したモデルをフラッグシップ機と位置付けてきたが、最終版となるα‐9はちょっと別格だ。これまで十五年近く愛用してきたα‐9000と比べると、思想が違うと言っても過言ではない。同社がα‐9の次に発表したα‐7も真面目に練られた素晴らしいカメラだっただけに、デジタルの波に乗り遅れた経営戦略が悔やまれる。


 α‐9は何よりも一眼レフの命とも言えるファインダーの作りがいい。視野率100%、倍率0.73倍のファインダーは標準仕様のマットでも非常に明るい。実物の被写体よりも、ファインダーの中の被写体の方が明るいのでは?といった錯覚すら覚える。あとAFは、三点測距で、当時のフラッグシップ機にしては少ない気もするが、測距性能は圧倒的。白い壁にもぴたりとピントがくるから驚きだ。αシリーズで唯一の防塵防滴仕様で、ステンレスカバーに覆われたボディは堅牢そのもの。細かいところでは36枚撮りフィルムを2秒で巻き戻す巻き上げ性能も有難い。しかし売れんだっただろうな(笑)


 一方のα‐7デジは、現在仕事カメラと化しているが、さすがに古臭さは否めない。古くても色褪せない銀塩カメラと違って、デジタルは時の経過に比例して色褪せてくるのが実感だ。
 

 α‐7を購入したのは、未だαシリーズの行く末が不透明だった頃で、いわば駆け込み買い。その後ソニーが引き継ぐことになったのはご存知の通りだが、デビュー機のα‐100よりはα‐7の方がカメラとしての風格はある。ただし、AF性能がアキレス腱で、思わず「何じゃこりゃ」のレベルではないか・・・一説によるとファームアップで改善は可能という話だが、ソニーはそこまでのフォローをせんな~このAF性能では仕事用としてはちょっとキツイ。あと、600万画素はともかく、ハイライトとシャドウの粘りの無さは苦しいな。


 個人的にはコニカミノルタ17-35mmの描写に不満がある。そもそもAPS-Cサイズでこの焦点距離ではいかにも中途半端だし、17-35mmが換算すると25.5-52.5mmになると言っても、被写界深度は17-35mmのままな訳で、どうしても違和感が拭えない。これを売ってシグマのデジタル専用レンズ17-70mmF2.8-4.5DCを買った方が正解かも知れない、なんて思う。35mmF1.4などの絵が上々なだけに、カメラ本体の責任ばかりではないだろう。ただし、モニターの解像度がまったくついていかないが(笑)


 まぁ、開発時期から考えてα‐7デジに多くを求めるのは酷だし、某メーカーの初級機の画質のようにいやらしいシャープさ無い分、まっとうではある。α‐100がα‐Sweetデジの亜流だったのはやむを得ないとして、今年中の出るというα‐7の後継機種に期待だ。今のレンズラインナップからして、いずれフルサイズがリリースされることはほぼ間違いないだろう。やはり、サイズに応じたレンズを設計するのが筋というものだ。

チェット・ベイカー「晩年スタイル」

ジャズ
06 /01 2007
 トランペットの音をフルートの音と聴き間違えたのは、後にも先にも一回しかない。その一回がチェット・ベイカーの晩年の演奏で、「Polkadots and moonbeams」だった。


 ジャズトランペットの即興演奏の場合、5線下のBbより低い音はあまり使わないのが普通だが、チェット・ベイカーは5線下のG、F付近まで割と多用する。一般的なトランペッターの音域を5度低い方にずらした感覚だ。フルートの音と間違えたのは低音域のサブトーン。こんな吹き方があったとは。


 後年のチェットのスタイルは、麻薬の代金の代わりに歯を折られたという肉体的な要因によって創り上げられていった。「最大のピンチは最大のチャンスなり」の諺を身をもって証明した訳だ。その結果チェットは、一般的に全盛期と評される50年代よりも遥かにニュアンスに富んだトーンとヤマ場を32分音符でラウドに吹き飛ばす「晩年スタイル」の確立に成功した。理想の音楽を最先端のスタイルに見出し続けたマイルスも立派だが、一ジャズマンとして、トランペットでの表現にこだわり尽くしたチェットも凄い。


 ジャズのアドリブは普通、テーマをモチーフにテーマのコード進行に基づいて演奏される。瞬間的に思い付いたフレーズや指癖でアドリブを展開していくので、テーマ以上に印象的なメロディというものはなかなか思い付かない訳だが、チェットの場合アドリブにおいても印象的なフレーズを連発し、非常に覚えやすい。コルトレーンの「Giant steps」のアドリブを口ずさめるのは、おそらくジャズミュージシャンだけだろう。しかし「Chet Baker Sings」の「There’ll never be another you」のイントロのトランペットソロを口ずさめる人はジャズミュージシャン以外にも多いのではないだろうか。


 「晩年スタイル」では、あらゆるテンポでコード進行にぴったりと張り付くようなアドリブを聴かせる。アドリブを聴けば、大体のコードがつかめるほど、アウトのないラインだ。同じモチーフを吹きながら、ピアノがコードチェンジした瞬間にモチーフを半音ずらせたり、とにかくコード進行に忠実。バップと言ってしまえばそれまでだが、バップの一言では片付けられないほど、メロディのセンスが図抜けている。案外と「晩年スタイル」を評価する人は少なくて残念だ。書物には決まりごとのように「50年代が全盛期」と書かれ、なかなか正当な評価をする人が少ない。50年代より上手く自由に楽器が吹けていることは、誰よりも本人がいちばんよく分かっていたのだと思う。


※ちなみに、車の修理の話は、ディーラーでは25万円の見積もりだったが、とある工場に持ち寄ったら、夏タイヤ(7分山中古)4本+純正ホイール付きで8万円で済んだ(!)もちろんパワーウインドウも完全復活。エアコンは来週修理。コンプレッサーを一年保証付きのリビルト品にする予定。えらい違いだ・・・

jazz bird

ライフワークはジャズ・トランペット。好きなトランぺッターはトム・ハレル、チェット・ベイカー、パオロ・フレス、市原ひかりさん、山本ヤマさんetc.夏の海が好き。