大貫妙子と矢野顕子

今回購入したCDの中一枚が大貫妙子の「TCHAU」。1995年にリリースしたブラジリアン・テイストの濃いアルバムだ。声質がボサノバ向きなだけに、ブラジルとの相性はばっちりだろうと思っていたが、やはり違和感がない。もっとも内容はボサノバと言うよりも、サンバ、ショーロ志向が強い。
日本人シンガーのアルバムを買うことは殆ど無いけど、大貫妙子と矢野顕子は別格。この二人は日本が世界に誇るシンガーと言っても過言ではない。その世界はまさにワン・アンド・オンリーだ。
トニーニョ・オルタ、ギル・ゴールドステインといった超個性派のミュージシャンと共演しても圧倒的な個性を放つ矢野顕子。「ラーメン食べたい」とピアノを弾きながら叫ぶ姿は圧巻だ(笑)ピアノも無茶苦茶上手い、且つ個性的。非常に日本的な情緒溢れる音楽でありながら、西洋音楽的構造において一分の隙もない。ゆるいけど完璧な音楽。これは凄いことだ。
大貫妙子は矢野顕子と比べるとオーソドックスな路線だが、フレーズの頭をジャストなピッチで入る歌い方が独特。ビブラートなし、フレーズの終わりをばっさりと切る唱法は、これもまた他に例を見ない独自のものである。そもそも母音語の日本語と4、8、16ビートは相性が悪く、歌謡曲がダサい大きな要因となっている訳だが、大貫妙子は母音を切り捨てることで見事にその問題を解消している。矢野顕子も然りで、切る、又はスキャット気味にフェイクすることでダサさから脱却している。
また、大貫妙子は、アコースティック・アルバム「Pure drops」で聴かれるように、淡々と歌っているようで、そこはかとない切なさを歌に込めるのが上手い。これなど、伝統的な日本人の感情表現のスタイルだと思う。そう、二人とも極めて日本的なのだ。西洋音楽の形式の中で、純日本的なものを表現する。多くの日本のシンガーが、西洋音楽の形式に基付いてアメリカ的な表現に走る中で、二人の音楽の品格は際立って見える。「日本的ジャズ」を考えるヒントも、案外このあたりにあるかも知れない。
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