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ジャズ原体験~エリック・ドルフィーの衝撃

ジャズ
05 /07 2007
 ジャズを初めて聴いたのは小学校6年の時だった。忘れもしない、エリック・ドルフィーの「Memorial album」(Prestige)の「Booker’s waltz」。冒頭のトランペットとバスクラリネットのユニゾンの気持ち悪さに度肝を抜かれた。「ちんどんや・・・」そんなイメージである。だいたい小6の子供がこんな演奏に痺れていたら、そっちの方が気持ち悪い。

 要は正常な感性だった訳だが、この「気持ち悪さ」が、妙~に引っかかり続けた。LPジャケットの青一色の写真も気になった。気になったというか、単にファイヴ・スポットのような薄暗く、空気の淀んだ空間で嬉々としてトランペットを吹くブッカー・リトルの顔と、眉間に深い皺を寄せてフルートを吹くエリック・ドルフィーの顔が怖かっただけだろう。

 黒人の暗く濃いイメージ。ジャズに対して感じたマイナーでどこか胡散臭い雰囲気・・・或る日、兄貴に連れられて入った朝日町のジャズ喫茶「いなだ」の店内は、驚いたことに「Booker’s waltz」のイメージそのままだった。よく晴れた午前中だというのに、リスニング・ルームの雰囲気はどこかすすけていて、けだるい夜の匂いがそこはかとなく漂っていた。退廃的とも違う、独特な感じ。ちょうど真夏の正午頃、建物の陰に隠れてひっそりと息を押し殺す感じ。ひんやりとした底流の中で、不思議とジャズが違和感なく身体に沁み込んでいった。身体感覚としてジャズに馴染んでいったといえばいいのか。

 そんな原体験があるものだから、どうにもスマートな雰囲気とジャズがうまく結び付かない。エリック・ドルフィーはあれだけ鬼気迫るアドリブを繰り広げながら、普段は蜂蜜を食べてばかりいて、そのお陰で額にドでかい瘤をつくっている。普通ではあり得ないそうしたバランス感こそやはりジャズではないか。

 ある日、NYの交差点でオープン・カーに乗ったチェット・ベイカーが信号待ちをしていたところ、頭や肩に雪が数センチも降り積もっていたので、焦ったジャック・シェルドンが「どうしたんだい?」と声を掛けると、われに返ったチェットが「・・・ズート・シムスを聴いてたんだ」と答えたという。ジャックは「ズートの演奏に聴き入ってて雪が降ってるのに気付かなかったのさ!」と苦笑した後に「それがジャズだ」とちょっと誇らしげに言った。

 今なら奇行も自己責任でやってくれと言われそうで、ジャズらしくない社会になってきている。だからジャズが勢いを失ってきたのだとも言える。おそらく「いなだ」のような空間が現れることは二度とないだろうし、仮にあったとしても自分がいちばん戸惑うに違いない。ただ、今でも演奏しながら、かつての予定調和じゃないジャズのリアルな肌触りを想っているのは確かだ。
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コメント

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そして私が買った初めてのJazzレコードが、Dolphyの「Last Date」だったりするわけだから。なんか、やっぱり原体験は根っこにあるな。

「いなだ」・・・懐かしいなあ。
テクニクス205~SME3012~ガラード401~ラックスSQ-38FDⅡ~アルテック・バレンシアの奏でる音は、私のジャズサウンドの原点です。
「いなだ」では客が勝手にオーディオ装置を操作して好きなLPをかけるという珍しいシステムだったので、1人の時はのんびり聴けたけど、他に客が居る時は結構エエかっこしながら選曲したことを思い出します。
同級生に連れられて初めて入った「いなだ」で聴いたLPはウェザーリポートのへヴィーウェザーでした。
やっぱり原体験がその後に影響しているかなあ。

当時大学生だった私は、バレンシアが欲しくて欲しくて・・・。ラックスの管球も。その後、1000MとサンスイのAU-X11と、ラックスのPD-441を手に入れたが、当然ぜんぜん違うサウンドで。

客が勝手にレコードをかけられるシステムは全国でも「いなだ」だけだったんじゃないでしょうか。バレンシアから放出される野太い音が今でも記憶に焼き付いています。特にソニー・ロリンズのテナーサックスの音などと相性がよかったような気がします。「ジャズの音」でしたね。

jazz bird

ライフワークはジャズ・トランペット。好きなトランぺッターはトム・ハレル、チェット・ベイカー、パオロ・フレス、市原ひかりさん、山本ヤマさんetc.夏の海が好き。

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