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ジャズ・トランペッターの系譜① トム・ハレル

ジャズ
09 /29 2007
Tom Harrell




 マイルス・ディヴィス、チェット・ベイカー、ウディ・ショウが亡くなり、フレディ・ハバードがリハビリ中、ウイントン・マルサリスが教育者になった今、ジャズ・トランペットの系譜を受け継ぐのはトム・ハレル以外に考えられない。そのトム・ハレルも1946年生まれだから61歳になる。


 よく知られるように、トム・ハレルは若い頃から統合失調症に悩まされている。動画を見ると分かるが、ステージでは終始うつむき、トランペットを吹く場面になると、まるでスイッチが入ったかの如く怒涛のアドリブを繰り広げる。トムの部屋を訪れた人は、こう証言する―「部屋はがらんとしていて、中央に譜面台、片隅にフェンダー・ローズのエレピが置いてあるだけだった。譜面台にはぼろぼろになったクラークのタンギング・スタディがあった」。これを何かの本で読んだ時、思わずその格好良さに唸ってしまった。一日中、がらんとしたその部屋で音楽に没頭しているのか。


 頻繁に楽器をチェンジするジャズマンが多い中、トムは頑なにコーン・コンステレーション、フリューゲルはオールド・ケノンを使い続けている。コーン・コンステから放たれる超ダークな分厚いサウンドは、一聴トム・ハレルと分かる個性。端正でいてよく歌うバップ・フレーズは、文字通りめくるめく快感だ。むやみにハイ・ノートに走ることなく、ひたすら端正なフレーズを積み重ねていくスタイルで、コーラスを追うごとに、まるで高波のように圧倒的な迫力となって五感を直撃する。ウディ・ショウの個性が洪水のスピード感だとすると、トム・ハレルは津波。「気が付いたらのまれてしまった」ぐらい、徐々に迫力を増していくアドリブである。しばしば出てくるペンタトニック系フレーズも効果てき面。また、フリューゲルの何とも言えずソフトなプレイも魅力的だ。


 何よりも、トムのプレイには毒がある。ジャズ・トランペッターの系譜たる所以で、マイルス然り、チェット・ベイカー然り。まぁ音楽自体、毒のない音楽など面白くも何ともない訳だけど、凄いと言われるニコラス・ペイトンとか、あまりにも毒がなさ過ぎでぴんとこない。「フレーズを吹いている」ようにしか聴こえてこない。トムのプレイはフレーズではなく歌としか聴こえない。この違いは大きい。リー・コニッツと共演したヴィーナス盤のプレイなど、アドリブの随所に強烈な美意識を感じる。トランペットの中音域って、こんなに魅力的なのかと改めて思い知らされる。おそらくトムの世代あたりが最後の系譜になるんだろうな。
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コメント

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 サバン症候群という疾患をご存知だろうか。誤解がないよう「統合失調症」とは全く関係がないことを予め断っておく。
 この症候群は、簡単に説明すると、とある才能が通常の人間では考えられない程の能力を有するが、それ以外の能力は子供程度にしかないというものである。映画「Rain man」は実在するサバン症候群の人を映画化したものである。日本人では画家 山下清もサバンであったのではないかとも言われている。
 つまり人はみんなとんでもない能力を持っているが、それを押さえるリミッターがついているのだ。ここで気がつくのは、サバン症候群では一つの能力が桁外れに優れる代わり、その他の能力が未発達になる点である。つまり、人間の発揮出来る能力の総和は不変であると考えられるわけである。
 先に述べた通り、サバン症候群と精神疾患は関係ないが、素晴らしい芸術家、文学者に精神的破綻を来たした人物は例を挙げればきりがない程である。つまり、彼らは望む望まざるに関わらず、多大な犠牲を負いながら、身を削って「表現」しているのである。このことは、人によっては精神的破綻とは別の形で関わっていることも十分想定し得る。その代償を考えるとき、音楽含め素晴らしい芸術に接すると畏敬の念を感じぜざるを得ない。
 我々凡人に関してはどうだろうか。実は我々も何らかのジャンルで必ずやヒットポイントがあるはずなのである。それを、運よく見つけた人は「破綻を来たさない程度」の負担をおいながら大成していくのだと私は考えている。もちろん、「破綻」をきたさなくても、その代償はそれ相応のものであることは容易に想像され得る。
 そんなことを考えていると、街ですれ違うおじさん、おばさん達も少し違って見えてくるものである。
 トム・ハレルの動画を私も見たが、心痛むほどの素晴らしい演奏であった。

追記;上記の内容はあくまで私感です。医学的根拠というレベルの話ではありませんのであしからず。
 ただ、「疾患名」は所詮人間が考えたものであり、病名どうこうより、その疾患の裏に存在する概念の方がよっぽど大切なことであると考えるわけである。

 トランペットを吹く際にも潜在的にリミッターが働くものです。つまり「これ以上はハイ音域」と感じた瞬間、知らず力みとなって音に如実に表れます。生き方においても同様で「食いっぱぐれたらどないしょー」というお金に対するリミッターが常に働いています。その点では昔のジャズマンは、人種差別に対する怒りの方が、リミッターに勝っていたんじゃないかと思えます。パーカー然り、マイルス然り。差別を肯定する訳ではないけれど、それ故に音楽自体にパワーがあったことは事実です。黒人の地位が高まるのと同時に、と言うか、資本主義社会に同化していくのと同時に、そのパワーが失われていったのだと思います。総和のバランスがとれていったのでしょうね。そもそも芸術は宇宙の調和の中にあるもので、現代社会の調和が宇宙のそれとかけ離れてしまっていることは言うまでもありません。現代人の概念の中にある調和は所詮人工的なものです。アーティストはやはり宇宙の調和を現出するための使命を与えられた者と考えます。それだけに、背負った十字架は重い筈だけど。いや~社交性なんてなくていいからジャズ上手くなりてい。

jazz bird

ライフワークはジャズ・トランペット。好きなトランぺッターはトム・ハレル、チェット・ベイカー、パオロ・フレス、市原ひかりさん、山本ヤマさんetc.夏の海が好き。

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