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ついでに昔話を

ジャズ
02 /13 2008
 前回記事でジャズ研時代の話になったのでついでに当時を振り返ってみますと・・

 「高校時代からチャーリーパーカーをコピーしとった」とか「部室の片隅でジョー・ファレルのコピー吹いとるとか(H野だよ!・笑)」「福岡中州のハコで3年演奏しとったとか」、そんな連中ばかりなんですよ。とほほ。音大の連中も頻繁に出入りするし(リコーダーでドナ・リーを演奏してた人がいた)、嫌になってくる訳ですね。

 

 

 で、年間行事の発表会になると「ジョイ・スプリング」だの速い「四月の思い出」だの、有無を言わさずやらされるんですよ。っつーか出来る訳ないだろう!まるで戸塚ヨットスクールのようなしごきに耐えられたのは、気のいい連中が多かったからでしょう。あと、前にも書きましたが、幸い私はリスニング歴だけは周囲を凌駕していましたので、既に身体感覚が完全にアフタービート化していた(アタマで入ることが今でも気持ち悪い)のと、コードを色で感じる習慣があったことが救いでした。お陰で、低レベルだったにもかかわらず「フィーリングは悪くない」などと言われ、首の皮一枚で何とか誤魔化してきました(苦笑)

 

 

 今にして思えば初期の段階でプロに習っておけば苦労せずに済んだのに・・必死こいて例の「チャーリーパーカー・オムニブック」などを朝から晩まで練習したりして、トランペットではまず使わないであろうフレーズを覚えたりしていました。

 

 

 楽しかったのは「ジョーファレル・コピーマン」とやっていたバンドで、このバンドの時は選曲もちょっと他と違うものが出来て楽しかったですね。ドルフィーの「ファイヤー・ワルツ」やマイルスの「チューンアップ」など。彼とは六本木のピアノバーに行ったりもしてましたが、やはり東京。突然シャープス&フラッツのピアニストがやってきて、「じゃあオレオしようか」みたいな話になる訳です。「ええ」とやり始めると、いきなり350ぐらいのテンポでイントロ弾かれるんですよ(笑)この類のいじめは結構よくある話です。某ジャズバーではセッション中にいきなりスティーブ・グロスマンが乱入してきて「ビリースバウンス」を吹いて周囲を唖然とさせたこともありました。う~む、東京は怖かとこですたい。

 

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コメント

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実際、環境的要素は大きいというのも事実。
しかし、かつて兵庫県最北の地、香住のさびれたJazz Barですごいセッションが繰り広げられていたのを目の当たりにした。
実は熱烈なるJazz愛好家の発生は確率論的には地方もほぼ同様で、ただ東京はmassが大きいので数として多くなるのでしょう。これがまた相乗効果を生むのは否めない。
つまるところ、個人レベルではいかにモチベーションが保てるか、というところに落ち着くのかも知れない。

 「セッションやろう」と言ってセッション可能なジャズ人口は米子では15人ぐらいではないだろうか。100万都市だと理論的にはジャズ人口は120人ぐらいになる。東京などはやはり大学が多い分、理論値を上回るような気がしないでもない。中学のブラバンからジャズをやり始めたとしても、6年後には東京に出てしまうことを考えると、ジャズを根付かせるのも難しい環境ではあります。難しいとばかり言っても仕方がないけど・・

jazz bird

ライフワークはジャズ・トランペット。好きなトランぺッターはトム・ハレル、チェット・ベイカー、パオロ・フレス、市原ひかりさん、山本ヤマさんetc.夏の海が好き。

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