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写真界のチェット・ベイカー

その他
07 /12 2008
 写真家・中平卓磨のイメージはいつもチェット・ベイカーとだぶってしまう。

中平卓磨

 風貌が似てるから、かも知れない(笑)↑

 1938年生まれだから現在70歳ぐらいだろう。東京外国語大学スペイン語学科卒。左翼系雑誌編集者を経て写真家となった異色の経歴の持ち主である。

 以下Wikipediaより転載

 写真家として1960後半から70年代にかけて活躍したが、1977年9月11日午前3時頃アルコールによる昏睡状態に陥り、言語、記憶の一部を失う。その後、再び写真を撮り始める。

 中平は饒舌な写真家だった。写真を撮りつつ、そのバックボーンとなる思想をこれほど語り尽くした作家はいないだろう。その中で「写真を撮ることで自己の解体・再生を目指す」という理論にたどり着くが、その言葉は自分の作家活動を縛り上げ、次第にスランプに陥っていく。1977年のアクシデントにより、記憶と言葉を失うことで自縄自縛状態を脱し、より一層写真の本質を問うような作品を撮り続けている。(以上)

 

 中平卓磨は森山大道とともに語られることが多い。写真誌「プロヴォーグ」の同僚でもあり、アレ・ブレを多用したモノクロ写真による作風が共通していたこともあるのだろう。それにしても、森山大道の本などを読むと、中平卓磨の論理的思考が際立っている。どちらかといえば直感的なセンスが問われる写真家の中にあって、中平(以下敬称略)の言動や思想は随分と異色に感じられた。ちなみに森山氏とは一度松江のジャズ・バー「ぽえむ」で偶然にお会いして、飲みの席に入れて貰ったのだが、やはり直感的な方との印象を受けた。

 

 そんな論理的思考が災いしたのだろう。或る意味当然の如く、写真に行き詰る。もしかしたら写真家向きの性格ではないのでは?とさえ思えてしまう。ちょうどその頃、例の事件が起きた。1977年、海辺のパーティーで酒を飲み過ぎ、あろうことか記憶と言葉(失語症)を失ってしまうのだ。皮肉なことに、中平の伝説はここから始まった。ジャズで言えばパット・マルティーノのようなものだ。

 

 個人的な意見では、中平は記憶を失いたかったのではないかと思う。勝手に思うのも何だけど、ブレイクスルーを狙う唯一の手段が、記憶を失ってしまうことだったのではないか。嫌でも思想が先行してしまう習性にピリオドを打つには、記憶を無くす以外にない。強引なまでの自己改造を無意識のうちに実行してしまったのが、この事件の本質ではないかという気がする。

 

 その後、徐々に記憶と言葉は蘇ってくるのだが、記憶を失う以前の作風と比べると、まるで別人だ。路上の植物や街角の風景・・一見よく分からないような写真。ただそのものがどーんと写っているだけと言えばだけだし、それがどうしたと言えばそれまでのような写真なのである。ただそのたたずまいが、一種異様なオーラを醸し出していることも否定できない。まさに「本質」を切り取ったような写真。しかしそれ故に、あまりにも直接的で、そこには言葉の割り込む余地すらない。

 

 おそらく何かを撮る際に、思想がまったく介在していないのだろう。「カメラになった」と言われる所以である。その怖さというのは、音楽で置き換えた場合、音楽ではなくて音そのものをどどーんと奏でられた時のことをイメージすると分かりやすいかも知れない。怖いでしょう?

 

 タイトルは思い出せないが、中平が沖縄を撮影している様子を伝えた本があった。本によると、歌謡酒場を訪れた中平が、撮影はほどほどに、いきなりステージに上がり、地元ミュージシャンに混じって歌を歌い始めたそうだ。その姿が異常にサマになっていて、同行した著者は「中平はライブ感覚の人間だ」と痛感したという。

 

 「ライブ感覚」という言葉は名言だ。その場を形づくる空気とか匂い、音などの小宇宙と自己を同化させるような感覚のことを表現しているのだと思われるが、音楽に限らず、日常においても「ライブ感覚」というのは大切にしたいものだ。好きな漫画家・魚喃キリコさんの作品の中で「ねぇ、君達は生きてるんだか死んでるんだか分からないよ」と主人公が語る印象的なシーンがあったのを思い出した。

 

 

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jazz bird

ライフワークはジャズ・トランペット。好きなトランぺッターはトム・ハレル、チェット・ベイカー、パオロ・フレス、市原ひかりさん、山本ヤマさんetc.夏の海が好き。

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