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音楽の響きを考える

ジャズ
09 /06 2008
 最も初期の頃の音楽、いや、そもそも音楽という概念で語られていなかった頃の音楽について思いを巡らしてみると、「響き」が最重要視されていたのではないかと、ふと思った。

 

 

 祝詞のイメージである。メロディやリズム、ハーモニーはなく(リズムがない、というのは正確ではないかも知れない)、言葉に響きを込めたものが、音楽の原初の姿ではないだろうか。宇宙のバイブレーションに共鳴するような声を出すことから、音楽が始まったような気がする。

 

 

 久々に澄み渡った星空を眺めていたら、古代の人達のことを想像してしまった。古代人の見上げた星空とはどのようなものであったか、など。多分、現代に生きる我々の想像が及ばないぐらい、自然の存在を感じていたんだろうなと思う。星空を眺めていると、当時の人達が自然の中に、あまねく神が宿っているものと考えても何ら不思議はないと感じた。その自然のバイブレーションに自らの声のバイブレーションを同調させるのが、原初のハーモニーだったのかも知れない。

 

 

 その点、いわゆる和音によるハーモニーは随分と合理的なつくりとなっている。言えばルートからの距離によって相対的に規定されているので、体系的な把握が容易にできる。ピアノが十二平均律に基づいて調律されるからこそ、今日もジャズ演奏を楽しむことが可能となっている。それにしても不思議なのは、三度を半音下げることによって、何故、人は物悲しさを感じてしまうのか。マイナーと言ってしまえばそれまでだが、音楽理論を知らなくても、三度の半音下げがダークだと人は自然に感じる。人類に共通の記憶が刻まれているのかも知れない。そうした記憶を体系化した点、極めて自然科学的だと思える。個人的にはこれを「合理化されたハーモニー」と呼びたい。

 

 

 和音による縦の構造に対して、横の構造としてのスケールがある。同じメジャー・スケールでもキーによって色彩、イメージが大きく異なるのは不思議だが、その点からも、スケールの持つ多様性、可能性というものがうかがい知れるのではないか。十二平均律の枠を外したら、面白いスケールが無限に出来そうだ。これまで経験したことのなかったような色彩豊かな音列があるかも知れない。想像力を掻き立てられる。ただし集団演奏は出来ないが・・

 

 

 スケールで面白いと思えるものの中に、琉球音階が挙げられる。これは独特な個性を醸し出している。沖縄に行って初めて分かったが、本土とはまるで違う光、風の質感が、この音階と非常に合っていた。近代的な思想の和音とは異なり、スケールはより土着の、その土地の自然が反映したつくりになっていることが、実感として分かった。

 こんなことを考えていたところ、最近、Ⅱ-Ⅴの枠組みの外側が何となく意識できるようになった、ような気がする。錯覚かも知れないけど、コードを包むもっと大きなものが、ちょっとずつ意識に上るようになった。これをどう具現化していくのかが専らの課題か。

 

 

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jazz bird

ライフワークはジャズ・トランペット。好きなトランぺッターはトム・ハレル、チェット・ベイカー、パオロ・フレス、市原ひかりさん、山本ヤマさんetc.夏の海が好き。

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