スポンサーサイト

スポンサー広告
-- /-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ジャズコンボの難しさと楽しさ

バンド「なんぼなんでも」
06 /16 2007
 昨日はライブ一週間前の練習だったが、あいにくピアノとベースが不在で、こうなるとちょっと困ったことになる。週一の練習といっても各自仕事持ち&家庭持ちな訳で、必ずしも参加できるとは限らない。それは仕方のないことである。


 ジャズの練習の場合、曲のテーマ→アドリブ→曲のテーマという風に一曲ずつ進行していくのが普通だと思うけど、アドリブは基本的には個人練習の世界。じゃあバンドで集まって練習する意味は何なのかといえば、曲のテーマをキメる部分だろう。もちろん「互いのリズム感に慣れる」などの意義もないことはない。ただそこは漠然とした要素であって、ジャズ自体漠然とした部分が問われる音楽なだけに、系統立ったバンド練習というものが難しい音楽ではある。


 これが譜面を前提とした音楽であれば、譜面に対する指針のようなものがおのずと生まれてくるんだろう。コンボジャズの場合、「さっきのコードが変」とか、わりとその場の感覚で修正したりするものだから、曲によっては管だけのアンサンブル練習だけ、というのは成り立ちにくい世界だ。テーマを淡々と流して終わりがちである。ただ、そうした練習も地道に続けて、とりあえず「なんぼ」最大の弱点といわれる「キメごとに弱い」点を少しでも解消したい。


 そもそもコンボジャズを志向する人間は「わが道を行く」タイプが多い。ビッグバンドも経験したことあるけど、良くも悪くも人種が違うのでは?と思ってしまう。だから人数が少ないとはいえコンボをまとめるのは非常~に大変なことなのだ。「なんぼ」がまとまっているのは、それぞれのキャラが奇跡的なバランスを保っているからだろう。もちろん音楽的に同じ方向を向いているのも大きな要因だ。これが違った方向を向いていたら「わが道を行く」人種は本当に「わが道を行く」ことになる。


 ジャズはアドリブという共通言語を持つが故に、ジャム・セッションも容易に成り立つ音楽。逆に、バンドの音楽がジャム・セッションになってはバンドとしての意味がないんじゃないかと、コンボの人間は一度はこの問題に直面する。「わが道を行く」人間が集まってどんな音楽を作るのか。大変なことではあるけれど、同時にやり甲斐もあるような気がする。


 米子市キャリー・リーでのライブが8月上旬ごろに決まりそうです。また決まったら日時をUPしますのでよろしくお願いします。。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

jazz bird

ライフワークはジャズ・トランペット。好きなトランぺッターはトム・ハレル、チェット・ベイカー、パオロ・フレス、市原ひかりさん、山本ヤマさんetc.夏の海が好き。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。