働き方改革とは

その他
01 /15 2017
  昨年から「働き方改革」について各メディアが頻繁に採り上げるようになりました。なぜ、今、「働き方改革」なのか。人口減少社会を迎え、生産人口が減少する中、経済成長を持続させるためには、労働生産性を高めていかないといけないというのがその理由の一つらしい。焦点となっているのが労働生産性の問題で、「長時間残業=悪」といった図式の記事(特に日経新聞とか)が目立つ。東洋経済(オンライン)も最近は、日本人の労働生産性の低さを指弾するデービッド・アトキンソンの記事を頻繁に掲載して、あたかも生産性向上のキャンペーンを展開しているかのような印象さえ受ける。
 しかし、本当にそうだろうか。我が身を振り返ってみても、労働環境はここ10年で劇的に変わった。「人員削減が進み、仕事量は増えた」。おそらく、地方企業の多くは、同様の流れになっているだろう。なおかつ、「10年前には売れたものが、現在は同じほど売れなくなった」現象も生じている。これに対処するためには、商品の付加価値を上げるしかない。付加価値向上のためにはさらなる手間がかかる、といった状況が発生している。特にサービス業で顕著ではないか。

 これが、例えばワン&オンリーの強みを持つ企業であれば、難しく考える必要はないが、競合が激しい産業にあっては、わずかな差が売上の違いに結び付くことも珍しくない。「お客さまは神様」とかの文化が根付く日本のサービス業界において、過剰なぐらいのサービスがないと客が納得しない問題もある。何よりも体感的に、10年前と比べて労働の密度ははるかに濃くなっている。

 それでも生産性が向上しないとすれば、働き方以前に需要減少の問題が大きいのではないかと思う。人口減少や不可分所得の減少により、国内市場が縮小、低迷を続けていて、物が売れない。それでいて生産性を高めようと思えば、給与カットか人員のさらなる削減を図るぐらいしか手段はないのではないか。

 そもそも、「働き方改革」として、多様な働き方を実現するためには「同一労働、同一賃金」を実現させることが不可欠だ。だからそのことも議論されているのだが、安倍首相の「非正規をなくす」という言葉は、私には「正規の給与水準を下げる」、要はより給与水準を下げた上での「同一労働、同一賃金」の実現を目指そうとしているようにしか聞こえない。

 最近の農業改革も、いってみれば、働き方改革の範疇の一つだろう。日本の農業は、2世、3世の何の苦労もない坊ちゃん政治家やグローバル展開を視野に入れる大企業や官僚にとっては、極めて効率の悪い(地域ごとの産品を作るという意味では相当に合理化されていると思うのだが)業界に映っているのではないだろうか。 戸別補償で支援するなど、それ自体に疑問を持つ人はおそらく少なくないのだろうなと思う。彼らの心象は分からないが、おそらく、競合するようなものを少量ずつ生産することが前時代的に映っているのだろう。だから「付加価値のあるものを作って」との言葉が出てくる。

 それはそれで一つの考え方ではある。しかし、厳しく監視すべき点は「誰のための改革か」という点である。長時間残業の是正で残業代が減るぶん給与が下がる対策として、副業を可能にすべきかどうかという点について、経済界は反対する。これでは「企業のための働き方改革」の視点がみえみえで、「残業代をカットしたいのだな」としか正直思えない。

 

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jazz bird

ライフワークはジャズ・トランペット。好きなトランぺッターはトム・ハレル、チェット・ベイカー、パオロ・フレス、市原ひかりさん、山本ヤマさんetc.夏の海が好き。